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ぼんやり日記

32歳のわたしが日々の出来事、思った事などを垂れ流すブログです。

Trauma

今は大丈夫なのですが、先週は気分の落ち込みが激しかったです。彼と別れてもうすぐ3か月。別れるという決断をしたのはわたしの方なのに、彼の事が忘れられなくて別れた事を後悔するようになっていました。

 

具体的には、

・結婚をまだ考えられないと言われた事に対してなぜそれほど焦る必要があったのか?待つべきだったのではないか?

・連絡不精な点についても、もっと心に余裕を持てなかったのか?

・別れるという結論は先走り過ぎだったのではないか?2、3か月距離を置き、(時期的に言うと今くらいに)ゆっくり話し合って改善すれば別れずに済んだのではないか。

こんな感じの事を考えていました。

 

なんでわたしは待つことに対してこれほどまでにストレスを感じてしまうんだろう、と思っていたところ、昔の記憶がふと蘇りました。

わたしが中学生の頃の出来事です。

小学生の時からの大の仲良しの友人が、中学生の時に隣町へ引っ越し転校しました。その友達の新居へ初めて遊びに行く事になり、一人で馴染みの無い町へ出かけて行きました。

わたしが中学生の頃はまだ携帯電話はそれほど普及しておらず、お姉ちゃんのお下がりでポケベル持ってる同級生がちらほらいるくらいでしたので、わたしは当然携帯もポケベルも持っていませんでした。

待ち合わせ時間に指定された駅の改札まで来ましたが、友達はまだいませんでした。もう少ししたら来るだろうと思って待っていましたが、待てど暮らせど友達が来ません。知らない町で、誰とも連絡を取れない状態でひたすら待ち続けました。こんな事になるとは思わず、友達の自宅電話番号を手帳等に控えておくという事もしていませんでしたので、為す術がありませんでした。

小一時間待っても来ないので帰ろうかとも思いましたが、連絡を取れない状況なので「わたし帰るね。」って言わずに帰っちゃって、わたしが帰った後に友達が来て入れ違いになったら困るな、とか思って帰れませんでした。

友達が来ない事に対して怒りやイライラといった感情が湧いたという記憶はありません。あるのは、孤独と不安と心細さという感情だけでした。

そこからの記憶は曖昧なのですが、2時間くらい待ってひょっこり友達が現れ何とか合流出来ました。が、明確な遅刻の理由は無かったように思います。

でも、一切怒りませんでした。その時は安堵感の方が大きくて、合流した後は何事も無かったように遊んで帰ってきました。

 

この記憶が、大人になったわたしに未だに待つ事に強い不安を与えてるんじゃないかとふと思ってしまいました。

ちなみに、その友達とは今でも仲良くしていて、小学生からの付き合いなので一番長く仲良くしている友達で関係性としては良好そのものです。勿論、遅刻癖も治っています。それに、この時の記憶についても思い出すまではまったく意識していなかったし、根に持ったりもしていません。

なのに、思い出してしまった時に、「あの時、受けたストレスのせいで、待てない自分が形成され今の恋愛をダメにしてしまった」って解釈してしまいそうになりました。

おまけに、その友達も繋がっているfacebookに上記の思い出話をわざと載せてしまおうかと思ってしまいました。してませんけど。

性格悪いなぁわたし。

でも、中学生だったわたしが携帯の無い時代に隣町で2時間待たされるって、本当に不安で、泣きそうだったんよー。それだけはあの時分かって欲しかったなぁ。

 

 

ちなみに、冒頭の彼と別れた事の後悔については、「当時、我慢の限界だったでしょ?それ以上の我慢って本当にするべきだったの?」と聞かれて、ふと思い返してみて、「そうか、時間が経ってあの時の我慢や辛さの記憶が薄れてきたから、かえってそんな風に思えてたんか」と感じ、後悔に苛まれるという事態については一旦収束しました。

でも、まだまだ悲しくなる時もあります。 

3歩進んで2歩下がる感じで歩んでいきましょう。

 

 

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